精度向上で効果を最大限に ~アダプティブ放射線治療~

はじめに

理想的な放射線治療は、腫瘍だけに放射線を照射し、周囲の正常組織には照射しない方式です。この場合、腫瘍に無限大の放射線を照射できることになり、腫瘍だけが確実に死滅しますが、実現することは難しいです[1]。放射線治療の研究者は、長年この課題に挑戦し、腫瘍形状に合わせた線量分布を形成する技術とその線量分布を位置ずれなく腫瘍に与える技術を開発してきました。前者は強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy, IMRT)、後者は画像誘導放射線治療(Imaged Guided Radiation Therapy, IGRT)と呼ばれています。

腫瘍体積と照射マージン

現実の放射線治療では、腫瘍を位置誤差ゼロで照射することは難しいです。腫瘍を照射直前に誤差ゼロで位置決めしても、照射中に体動などにより動く可能性があるからです。そこで、少しずれても必ず腫瘍全体に照射できるように、腫瘍体積より一回り大きな体積に照射するのが普通です。これを「照射マージンを加えて照射する」と言います。例えば照射マージンを 1 cmとすれば、腫瘍が最大1 cmずれても、腫瘍体積全体に計画した放射線が照射されることになります。最近は、コーンビームCT画像で腫瘍そのものを画像化し、治療計画用のCTで撮像した腫瘍画像と位置合わせできるようになりました。この結果、コーンビームCTで画像化できる腫瘍については、多くの場合、照射マージンを5 mm程度まで小さくできるようになり、隣接する正常組織をそれだけ守ることができるようになりました。

オンライン・アダプティブ放射線治療の意義

照射マージンは腫瘍を位置誤差ゼロで照射できないためにやむを得ず導入されましたが、軟組織腫瘍(膵臓がん、肝臓がん、食道癌、卵巣がん、脳腫瘍など)に対してはコーンビームCTで視認しにくく、マージンを小さくすることができないという問題がありました。これを解決できる装置が2000年にオランダのユトレヒト大学医療センターのLagendijk(ラーヘンダイク)教授によって提案されました。MRIとリニアックを一体化したMRIリニアックです。MRIリニアックは、照射直前のその日の腫瘍と放射線に弱い重要臓器をMRIで画像化し、その場で治療計画を立てて、最適な線量分布を与える装置です。軟組織腫瘍もMRIでは明瞭に画像化できます。その日の腫瘍や近接する重要臓器の位置を調べて立案された治療計画をアダプティブ治療計画と呼びます。アダプティブは「適応」という意味の英語ですが、その日の腫瘍と重要臓器の位置に適応するという意味です。また、治療直前の寝台上の患者画像を用いて立案された治療計画をオンライン治療計画と呼びます。以上から、MRIリニアックで実現される治療は、MRI画像誘導オンライン・アダプティブ放射線治療と呼ばれています。海外のMRIリニアック施設から出版された多くの論文によれば、これらの軟組織腫瘍に対して設定された照射マージンは3 mmでした[2,3]。例えば腫瘍が直径 2 cmの球とした場合に、照射マージンが 5 mmと3 mmの場合のマージン領域の体積比を計算すると、約2になります。5 mmから3 mmにマージンを減らすと、副作用を受ける可能性がある腫瘍に隣接する正常組織の体積が半分になるわけです。安全に照射マージンを小さくできるならば、理想的な放射線治療に近づくことができます。

オンライン・アダプティブ放射線治療のもう1つの利点

腹部腫瘍と近接する重要臓器の位置は日々変動することが知られています。例えば、前立腺と周囲の小腸の距離は毎日大きく変動しますし、膵臓がんと小腸も同様です。つまり、腫瘍と重要臓器の距離が近い日もあり、遠い日もあるわけです。そこで、重要臓器の線量を治療計画通りの一定値に維持しながら、その距離が遠いときは腫瘍に投与する線量を増加させ、距離が近いときは腫瘍に投与する線量を減らすことを考えてみます。このような照射方法を採用すれば、毎回の照射において重要臓器の副作用を予め想定した程度に抑えつつ、距離に応じて腫瘍に最大限の線量を投与することになります。つまり、副作用を増加させることなく、腫瘍の治療効果を最大に高めたことになります。これは、オンライン・アダプティブ治療装置で初めて実現できる放射線治療です。なぜならば、毎回、その日の腫瘍と近接する重要臓器の位置を知らないと実現できないからです。

  • 図. 骨盤リンパ節転移に対するMR画像誘導オンライン・アダプティブ治療計画結果[2]。左は3回目の照射直前の治療計画。右は4回目の照射直前の治療計画。標的近傍に抹消神経(Sacral plexus)あり。赤色は小腸存在領域、水色はS字結腸。

オンライン・アダプティブ放射線治療の将来像

MRI画像誘導オンライン・アダプティブ放射線治療装置を有する海外の施設では、分割照射回数を2回程度まで下げることが議論され、さらに1回の通院でMR撮像と治療計画、そして照射まで完了させることも囁かれています[4]。1~2回の大線量照射になった場合、放射線治療は外科手術のような緊張感を伴うことになるはずです。さらに、小腸を始めとする消化管への副作用を最大限注意することになるはずです。照射回数が少ない放射線治療は患者の負担軽減や腫瘍制御率向上の可能性のみならず、医療財政、社会保障財政上のメリットがあり、数年後に保険点数の加点も期待できるかもしれません。また、より多くの患者の治療が可能になり、その結果、病院収益改善にもつながる可能性もあります。

まとめ

アダプティブ放射線治療について概説し、MRIリニアックの登場で初めて実現したオンライン・アダプティブ放射線治療について述べ、その将来像を展望しました。放射線治療は、確実に新しい時代に突入しています。

参考文献

1. 中川、放射線治療は新時代に、日本経済新聞夕刊、2019/12/18
2. Werensteijn-Honingh, A M et al. Feasibility of stereotactic radiotherapy using a 1.5 T MR-linac: Multi-fraction treatment of pelvic lymph node oligometastases, Radiotherapy and Oncology 134, 50-54, 2019. Open access. https://www.thegreenjournal.com/article/S0167-8140(19)30051-9/pdf
3. https://forms.elekta.co.jp/products/pdf/ElektaUnityUpdate20190902.pdf
4. Murray J and Tree A C, Prostate cancer – Advantages and disadvantages of MR-guided RT, Clinical and Translational Radiation Oncology. 18, 68–73, 2019. Open access.
https://www.ctro.science/article/S2405-6308(19)30052-7/pdf