人にやさしい放射線治療 ~乳がん放射線治療における最新技術(DIBH / SGRT)~

はじめに

乳がんの放射線治療の目的は、手術後に乳房全体などに放射線をあて、微視的残存がん細胞を死滅させることで再発率を低減する[1, 2]ことです。腫瘍の位置から離れた乳腺組織などにも微視的がん細胞が確認される場合がある[3]ためです。
乳がんの放射線治療は1日1回、計25回または16回の照射を行うことが一般的です。また患者さんによっては3-8回ほど照射回数が多くなる場合があります。多くの臨床試験結果や研究結果に基づき、患者さんそれぞれに適した投与線量や治療領域などが確立および個別化され、現在に至ります。
左乳がんの放射線治療を行う際、懸念事項となり得ることの1つが心臓へ放射線があたってしまうことです。放射線治療によって心臓へあたった放射線の量(線量)と放射線治療数年後の心血管疾患発症リスクには相関があるという研究報告[4,5]もあるためです。
そのため近年は左乳がん放射線治療を行う際に、患者さんに息を大きく吸ってもらうことで物理的に乳房と心臓の距離を離して照射を行う「深吸気息止め(Deep inspiration breath hold; DIBH)照射」が普及しています。本稿ではDIBHの概要、およびDIBHを高精度かつ簡便に実施することが可能である「体表面画像誘導放射線治療(Surface-image guided radiation therapy; SGRT)」の概要について述べます。

  • 図. 乳がん放射線治療における放射線量の分布の一例

DIBH(深吸気息止め照射:Deep Inspiration Breath Hold)

DIBHとは、患者さんに息を大きく吸ってもらった状態で、息を止めている間に照射することで物理的に乳房と心臓の距離を離して心臓への線量を低減する照射技術のことです。通常の呼吸状態で左乳がんの放射線治療を行うと、心臓の約20%の体積に高い線量の放射線があたってしまう患者さんが、DIBHを行うと高い線量の放射線があたる心臓の体積を1%未満にすることが可能であるという研究報告[6]もあります。
 DIBHはこのように副作用を低減することが可能な照射技術の1つではありますが、課題が全くないわけではありません。DIBHは先に述べた通り、患者さんに息を大きく吸って止めてもらいます。1回の治療の中でもDIBHでは患者さんに約4回程度に分けて、大きく息を吸って止めてもらいます。その治療が25回または16回程度あるので、治療期間中はとても多くの回数の深吸気息止めをお願いすることになります。そのため呼吸による位置の再現性、すなわち毎回の治療で毎回、同じように息を吸って止めてもらうことが重要です。息を止めてもらう位置が毎回変わることは放射線治療を行う上で良いことではありませんが、毎回息を同じ量だけ吸って止めていただくことは想像以上に難しいことです。可能な範囲で毎回同じ位置で息を止めてもらうことは、DIBHを用いた放射線治療を安全に受けていただくために重要な要素です。

SGRT(体表面画像誘導放射線治療:Surface Guided Radiation Therapy)

DIBHで課題となる呼吸による位置再現性を改善することが可能な最新テクノロジーが体表面画像誘導放射線治療(SGRT)です。SGRTでは治療中に患者さんの体に既知の模様が描かれた光をあて、その光の形から患者さんの体表面形状をリアルタイムに3次元画像再構成を行います。リアルタイムで再構成画像が作成され続けますので、現在の呼吸状態と目標の吸気量までの一致度を映像で確認しながら息を吸ってもらい、止めてもらうことが可能です。そのため治療中および治療期間中の双方において呼吸による位置の高い再現性を確保することが可能[7]になります。
またSGRTの利点は、呼吸再現性を高めることのみならず、治療期間中の乳がん患者さんのストレス軽減にも貢献できることが挙げられます。DIBHの実施にかかわらず放射線治療では毎回同じ位置に放射線をあてることが重要です。そのため患者さんには治療回毎に、同じ姿勢で、同じ位置に寝ていただき放射線治療を受けていただきます。その毎回、同じ姿勢で同じ位置に寝ていただくことを確認するために一般的には体表面に特殊なペンで印や線を描きます。乳がんの放射線治療でもこういった印や線を直接体に描かせていただくことが多いですが、お風呂で体を洗う際に線が消えないように注意いただくことや、服に色写りしないように注意いただくため、それをストレスに感じる患者さんも少なくはありません。一方でSGRTでは体表面画像を元に患者さんが同じ姿勢同じ位置に寝ていただいていることを確認することが可能なため、こういった線や印をなくすこと、もしくは最小化することに貢献することが期待されています。

まとめ

乳がんの放射線治療における最新テクノロジーとしてDIBHとSGRTの概要などについて述べました。放射線治療では治療部位にかかわらず腫瘍に放射線を正確に集中させてあてると共に、正常組織の線量を可能な限り低減することが目標です。それらの目標を患者さんに、より快適に、より安全に、より高精度に提供できるよう、放射線治療にかかわる医療現場および関連企業は日々、技術発展および向上に取り組んでいます。

参考文献

1. Clarke M, Collins R, Darby S, et al, for the Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group (EBCTCG). Effects of radiotherapy and of differences in the extent of surgery for early breast cancer on local recurrence and 15-year survival: an overview of the randomised trials. Lancet 2006; 366(9503): 2087-2106.
2. Fisher B, Anderson S, Bryant J, et al: Twenty-Year Follow-up of a Randomized Trial Comparing Total Mastectomy, Lumpectomy, and Lumpectomy plus Irradiation for the Treatment of Invasive Breast Cancer. N Engl J Med. 2002; 347: 1233-1241.
3. Holland R, Veling SH, Mravunac M, et al: Histologic multifocality of Tis, T1-2 breast carcinomas. Implications for clinical trials of breastconserving surgery. Cancer 1985; 56: 979-990.
4. Darby SC, Ewertz M, McGale P, et al. Risk of Ischemic Heart Disease in Women after Radiotherapy for Breast Cancer. N Engl J Med. 2013; 368(11): 987-998.
5. van den Bogaard VAB, Ta BDP, van der Schaaf A, et al. Validation and Modification of a Prediction Model for Acute Cardiac Events in Patients With Breast Cancer Treated With Radiotherapy Based on Three-Dimensional Dose Distributions to Cardiac Substructures. J Clin Oncol. 2017; 35(11): 1171-1178.
6. Korreman SS, Pedersen AN, Nottrup TJ, et al. Breathing adapted radiotherapy for breast cancer: Comparison of free breathing gating with the breath-hold technique. Radiother Oncol. 2005; 76: 311-318.
7. Betgen A, Alderliesten T, Sonle JJ, et al. Assessment of set-up variability during deep inspiration breath hold radiotherapy for breast cancer patients by 3D-surface imaging. Radiother Oncol. 2013; 106: 225-230.